第1回 伊東篤宏インタビュー|山口小夜子×高木由利子「蒙古斑革命」

第3章 蛍光灯の明かりが好きなんです

山口
それにしてもなぜ蛍光灯なんでしょうか?
伊東
単純に蛍光灯の光が好きなんですよ(笑)。昔から電球の光よりも蛍光灯のほうが好きで。よく変わってるって言われるんですけど(笑)。どうも電球の明りがダメなんですよ。一番の理由は「色」。太陽光で見ている色と比べると暖色系のフィルターがかかって、ものの色が変わりますよね。あれが子供の頃からどうしてもイヤで。自分で思っていた色がその通りに見えないというのが我慢ならなかったんです。ならばパキっと白く明るいほうが好きなんです。
山口
ではコンビニも好き?
伊東
さすがにコンビニは蛍光灯好きの僕の基準からしても異様ですが(笑)。でも明るいのは好きですよ。80年代に入ってから蛍光灯の等しく均等に照らそうとする明りが否定されはじめて、間接照明がもてはやされだしましたよね。この国のあれ......嫌いですねえ、はっきり言って(笑)。ただ、ヨーロッパに行くとよく解りますけど、店も家でも夜の明りが暗いですよね。あれはヨーロッパの文化の中において理解できるんですよ。多分日本も昔はロウソクや行灯の灯り、あるいは障子越しに差し込む陽光など、結構暗かったと思うんですけどね。
山口
谷崎潤一郎の「陰影礼賛」に描かれていたような。
伊東
そうですね。日本は明治になった時に一回それをすべてぶっ飛ばしたわけですよね。すべてを白日の下に曝す、というか。その後もう一度、第二次大戦後の復興の時に、象徴的に画一的にパキンと白く照らす文化としての蛍光灯が現れ、高度経済成長期とリンクして世を席巻していった。そのピークだった60年代中頃に僕は生まれてきて、なおかつそれが否定される80年代に思春期を送ったわけです。別に蛍光灯に日本の文化を担わせてもしょうがないけど、でもこの国で育ってきた文化がその背景にはあると思いますね。僕は蛍光灯からある種の『昭和』を感じますし。
山口
戦後、どんどん明るくしようという意識やムードの高まりと、蛍光灯が日本でもてはやされたのはリンクしている。
伊東
多分そうだと思いますね。逆に今、蛍光灯の灯りが嫌われるのもわかる気がしますよ。等しく照らすという蛍光灯の発想自体が、今の日本においてかなり無茶だと思います。等しく照らした結果がこれかい!!って(笑)。蛍光灯の灯りは電球の灯りと原理が違いますよね。電球は直接フィラメントを「燃やし」ますが、蛍光灯は加速した電子が水銀原子に衝突して紫外線を放ち、その紫外線で蛍光体が発光するわけで、炎の光とは全く異なる原理での明りですから。何かを燃やすことで明りを作るという古来からの発想からはかなりの隔たりがある。このことも何か人の気持ちに関係してる気がします。蛍光灯の明りを気持ちいいというのは、ある種のスタイルというかポーズというか、クールネスにおいて美学として言う人はわりといるかもしれないけど、本当にそう思ってる人は少ないんじゃないかなあ。幸か不幸か僕は美学で好きなわけじゃないんですけどね。
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