第1回 伊東篤宏インタビュー|山口小夜子×高木由利子「蒙古斑革命」

第5章 テクノロジーとアート

山口
これから時代が変わると、伊東さんの表現もまた変わっていくのでしょうか?
伊東
変わる、と思います。ただ、「美術」に関しては周りを見わたすと、あまりにも最新のテクノロジーやその時代の産物に、「表現」が即しすぎてる傾向があるような気がします。例えば「現代美術」であれば、その時代の最先端技術を取り入れること自体は全然間違ったことではないですけど、その技術の応用に頼る比重が大きすぎやしないか? という感は否めないですねえ。だから少し時間が経ってからみると、意外とショぼいもんが多い(笑)。なんかこう、強度が薄れてる感じがします。僕は江戸時代に描かれたものなどを観て、改めて受ける衝撃とかってその辺に理由があると思ってる。
山口
テクノロジーの比重が大きすぎる?
伊東
言い方が難しいんですが......例えば絵画や彫刻の表現って、材料の大なり小なりの変化はこれまでもたくさんあったと思うけど、平面に何かを描く、ということや、立体を彫ったり付けたり、という基本的なフォーマットって変わっていない。「現代美術」は、そういった意味の「基本」を持たないから現代美術たり得るところもあるわけですけど、故に作り手の、かなり明確なコンセプトなり、素材に対する理解なり、その背後にある意味性を読み解く方法なりが重要になってくる。で、最新のテクノロジーはそういった部分を補足してくれる場合もあるだろうけど、絶えず刷新されるので概念としては短命になる可能性が大きい。別に未来永劫残るものだけが凄いわけではないし、その時代の産物として徒花のようにあるのもなかなか面白いとは思うんだけど、どうもなんかひ弱い感じがしてしまうんですよね。まあ、単に僕がトロイんだとも思うけど、ここ10年くらいで、やっと写真とかヴィデオが、その固有表現とテクノロジーの可能性を定着させたなあ、分離しなくなってきたなあって思ってますよ、いまさら(笑)。コンピュータはまだ、これからでしょ、きっと。何となく「音楽」のほうがその辺はずっと早い気もしますが。
山口
常に更新されるのはテクノロジーですからね。いろいろなものを実現してくれるから、そっちに行きがちになる傾向というのは、自然な流れとしてありますね。
伊東
でも、「表現」においては僕はもう、それすら結構、強迫観念だとも感じます。その最新テクノロジーを駆使して、そこまでしてあなたが表現しなければならないものって何?っていう問いが作り手側にないことが多いんじゃないかな。だって何かの方法論を最新のテクノロジーでやってみせたって、それはそのテクノロジーを最初に作った人とそのテクノロジーは偉いかもしれないけど(笑)、単なる技術の置き換えになってることがよくありますよね。その人が最新テクノロジーを使って古典的な方法論を実践する場合もあるだろうし、本当に新しい方法論を駆使する場合だってあるわけですよね。それはその人がやりたいこと次第だし、本末転倒してはいけないことですよ。ハイテクであれ、ローテクであれ、その人がやりたいこととどう向き合って、なぜそのテクノロジーを使うのか、どう使うのかが重要ですよね。何を使ってるかがいちばん重要なわけではない。
山口
オプトロンはそういう安易にテクノロジーを使うのとはまったく違いますよね。とてもシンプルな道具だけど、よくそこまで表現できるな、と驚きます。
伊東
単に最新のものがよく解らない機械オンチだったりもします(笑)。なんかねえ、別に「これだ!!」とか思った事はないんですけれど。経緯として、おもしれえ、と。ただそれだけだったし、今でもそうなんです。
インタビュー 2005年6月
構成:下田敦子

伊東篤宏●ATSUHIRO ITO

1965年生まれ。美術家、OPTRONプレーヤー。98年に蛍光灯の放電ノイズを拾って出力する「音具」、OPTRON を制作、命名。展覧会会場などでライヴを開始する。2000年以降、国内外の展覧会(個展、グループ展等)、音楽フェスティバルなどからの招集を受け、世界各国で展示とライヴ・パフォーマンスをおこなっている。当初、遠隔操作で独立したオブジェクト・スタイルだったOPTRONも数々の改良を重ね、2005年より現在の手持ちの形態となり、所謂サウンドアート的展開からロック~ジャズ・バンド、ダンスミュージック的アプローチまで、音の大小や空間の規模を問わないそのパフォーマンスで、様々なタイプのサウンド・パフォーマー達やダンサーとの共演、コラボレーションも多数おこなっている。

2017年11月には、伊東篤宏とテンテンコによるデュオユニット「ZVIZMO / ズビズモ」のアルバム「ZVIZMO」が発売。