第5章 次世代に繋げるネットワークづくりを

山口
今後の展開について教えてください。
JUNE
最近カンボジアの孤児院を廻ってきたんですが、次回は子供たちと共にローソクを作り、彼等の国の歴史を共に学んでいきたいと思っているんです。タイでHIVに母子感染した子供たちの孤児院を営んでいる日本人の方と何年か前に知り合ったんです。カンボジアとタイは隣同士だから、カンボジアの子供たちとロウソクを作って旅をして、タイのHIV感染の子供たちと一緒に何かできたら繋がりができるかな、と思うんですよ。戦争が終わるまではロウソクを灯し続けようと思っているんですけど、新たに争いが起こり灯す場所が増えていく現状では、自分の人生のペースだと廻りきれない。でも、こうして孤児院同士の繋がりができたり、そこの国の子供たちと一緒に活動してお互い学びあっていけたら、より多くの場所で灯すこともできるかもしれない。今、神奈川県唯一の村と言われる清川村に家を借りていて、そこを倉庫にしているんですが、その近辺でゆくゆく温泉宿でもできないかなぁ、と思っているんです。
山口
神奈川県に、プリミティブで愛の光りが満ち溢れた、JUNEのともしびの里が生まれるということですね。
JUNE
清川村の周りでは温泉が出るんですよ。そこで自分たちだけでも近隣の農家の方と協力して自給自足ができて、かっこいいラウンジがありライブする人がいたりジャズが流れたりしていて一杯飲めるような温泉宿を作りたいなあと。それと東京でショップを持って、自分たちのロウソクはもちろん、仲間たちの創る良いものを扱っていきたいと思っています。ショップができたら今度は改めて温泉宿に併設して孤児院も作りたい。温泉宿には長期滞在用のアーティストの部屋を作って、部屋代は無料でいいから、そのかわり子供たちに自分の得意分野を教えるような時間を持ってもらう。すると東京のとんがっている人たちや、いろんなことをやっている人たちが、たくさんの子供たちの面倒を見ることができる。そうすれば、「戦争反対だ」何だと口で言うだけでなく、より楽しく平和的生活のスタイルが示せると思うんですよね。「家族を守るために戦争に行く」と言っている人たちにも、「相手の国にもそんなあなたとつながる家族がいるよ」ということが言えるくらいのネットワークを作っていきたいんです。……と夢は膨らむんですけど、なかなか難しいですね(笑)。
インタビュー 2005年
構成:下田敦子

Candle JUNE●キャンドル・ジュン

1994年キャンドルの制作を始める。様々なファッションショーやレセプションパーティの他、フェスティバルなどの空間演出をおこなう。2001年に広島で「平和の火」を灯してからは「CandleOdyssey」と称し悲しみの地を巡る旅を始める。アメリカを横断、N.Y.グラウンドゼロで火を灯し、その後はアフガニスタンへ。
2005年からは終戦記念日に中国チチハルにて火を灯す。2004年の新潟中越地震後は震源地長岡市(旧川口町)にて「SONG OF THE EARTHフェスティバル」を開催。2011年3月11日東日本大震災を受けて「LOVE FOR NIPPON」を立ち上げ。被災地への支援活動を続けながら現地との交流を深め、熊本地震支援など活動は広がる。現在も11日の月命日にはかならず福島で夜を灯している。