第四章 「気配」が佇む色、黒

山口
いつも黒を召されて、黒に包まれていますが。
灰野
黒については論文がかけるほど喋っているので(笑)、具体的に質問していただけますか。
山口
では、黒の温度は。
灰野
温かい。白は冷たいし、なんか偉そうで嫌い。でも、ぼくがふだん言っていることや、今まで30年やってきた行動って、おそらく白に近いと思う。
山口
灰野さんのその透明な音楽に対する気持ち。崇高な貴い気持ち。それは確かに白に近いですよね。
灰野
あるとき、自分が気づかないうちに白になればいいな、と思いますね。
山口
内側が白なのではないでしょうか。
灰野
それはすごくほめられて嬉しいんですけれど……、白魔術を実践しているつもりの人が、亡くなる寸前に、黒魔術の餌食になることのほうがほとんどじゃないですか。だからぼくは黒魔術に隙を与えないために、仲間のふりをしていようかな、と(笑)。
山口
ある意味、魔除けのようなものですか。
灰野
自分が音楽至上主義者であることは認めます。聖書に、始めに言葉ありき、とありますが、それは文字によって伝えられ、日本語ならたとえばひらがなですよね。「あ」と書いたときに、(指で"あ"と書いてみせる)こっちから動いてこちらにきますよね。「お」なんて、(指で”お”と書いてみせる)こう動いて、最後に、プツンと切れますよね。それすらぼくにとってはリズムなんです。ぼくはいつも始まる瞬間でいたいんです。始まる瞬間に、かすかな音をぼくは出すと思うんですけれど、そのかすかな音をいちばん人が聴ける色が黒だと思うんです。それはひょっとして黒の前の、色と呼ばれる世界以前の話かもしれないけど。そういうところに、ぼくはまずいちばん始めに「空気」……というよりも、いわゆる「気配」を作りたい。「気配」というものがいちばん佇みやすい場所は、どうしても黒なんです。
山口
「気配」が佇む色が「黒」ということですね。
灰野
それからぼく、密かにドローイングをずっとやっているんです。それはみんなが思うように、当然、墨なんですね。墨でずっと描いていて。しかしこの2ヵ月くらい前から、なぜか色をつけるようになりまして。それが自分でもびっくりするくらいカラフルなんです。でもそれは黒が、すべての色が統合されたものだということなんだと思います。「すべての色がありますよ」と言って部分部分を見せるのは、ぼくが嫌いなコラージュのやり方。20世紀のアートはほとんど嫌い。その前の19世紀の世紀末のモノトーンの世界が好きで、自分はそこが居心地がいいんだなぁ、と思います。
山口
始まりの前、あるいは終わった後には静寂がありますよね。沈黙や静寂、音のない世界についてはどう思われますか。
灰野
ある意味、気持ちいいけど……恐怖感を感じますね。音楽をやる人ってたいがい、すごく寂しがりやだと思うんです。画家とか一人で住んで創作するでしょ。音楽家だってソロはあるけど、でも、ギターには弦が6本あるわけだし。5弦の音がやんだとき、1弦の音がないと寂しいような気がする。それがコードの始まりなわけで。隙間ってできるじゃない、時間って。点の連なりが線になるとしたら、36分刻みで早くやれば点が線になる。でも、いくら早くやろうと、32と33の間はできるわけだよね。その恐怖感というのは永遠にある。それを埋め尽くしたいんだよ。それを埋めるために、音楽を意識しているし、聴いている。お客もそうだしぼくもそう。音楽を聴いているという意識をさらに高めるために、ボクの場合は、わざと音を出さないときもあるんです。ぼくのパーカッションを見ている人はわかってくれると思う。それはジョン・ケージのずっと音を出さない『4分33秒』とは違って、音を出したことをより効果的に伝えるための沈黙であり、静寂です。
山口
確かに沈黙や静寂って恐いですね。何か話してしまったり。
灰野
幽霊がなんで出てくるのか、というと、一人じゃ恐いから。人を脅かせば、自分が恐くない状態にいられる。恐怖感とはそういうものだよ。だから演奏をしていて、聴いている人に時間を忘れた、と言われると嬉しいですね。時間の感覚がない、というのは死の恐怖感を少しでも忘れているということだから。自分がやろうとしていることの意味が少しでも伝わっているということだから。
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