第五章 50年かかって灰野敬二となった

山口
ご自身の中にあるアジア的なものや日本的なものは意識されていますか。
灰野
西洋より日本のほうが好きです。「ほうが」であって、決して積極的に日本が好きとかアジアが好き、ということはないです。日本的、とか、日本の血、とか、伝統、とか、そういうの嫌いだから。ただ、自分の中にある、生まれ育ちの中にある、自然に見える、どうにもならない、ここにいる人、ここなんだ、とうなづくこと。それは受け入れるしかないんで。
山口
どうにもならない、というのは?
灰野
地球の中で、この日本という緯度で生まれ育った、ということです。ぼくは小学校4年生くらいのとき「あ、自分は宇宙人だ」と思い、そう思わないとどうにもならなくなった時期があって。それからは、自分は宇宙人だ、という認識があるんです。今は日本の風景のほうが好きですね。ヨーロッパの絵画を見ても、もういいや、と。見た瞬間、あぁ、見たい、という気持ちにさせてくれるのは、今は日本のほうがはるかに強いです。和菓子のほうが好きだし。
山口
今後、どのような方向、どういう音に向かおうとされているのか伺いたいのですが。
灰野
たぶん、50何年かかってようやく灰野敬二になったと思います。だからこれから灰野敬二の作品を作ります。やっと自分で納得ができるところまで辿り着いた。自分のやりたいことって、音楽でも、他の芸術と呼ばれることでも、スポーツでも、始めの頃は自分が思うことの10%か20%くらいしかできない。でもずっと続けていくうちに「あ、自分のやりたいことができるようになってきた」と思える時が来ると思うんですね。今は、70%ぐらいのところまで、自分がやりたいことをやれているんだなと思えているんです。
山口
きっと……一人でたくさんの事と対峙なさって、あらゆる葛藤を乗り越えていらしたからこそ、濁りのない純粋な音のきらめきの迸りが、わたし達の細胞を揺さぶり、感動に導かれるのだという気がします。おそらくその純潔を保つ為には、日々の中でのいろいろなことを排除し律していないと無理ではないかと思うのですが。
灰野
ただシンプルに、ほんとうに音楽が「好き」なだけなんですよ。最近、口やかましくなってきているという自覚があるんですけれど(笑)、自分よりも音楽が好きではない人がやっていると、違うよなぁ、ちゃんとやれぇ、というのがあって。前は「人は人」って割切ってたけど、最近それを口に出して言うようになってます。何をもって「好き」というかを定義するのは難しいですが。一つは音に時間を割くこと。時間を割いたことによって、リスクを背負い、音楽に向かうために何かを排除せざるを得ない。そういう実感があんまりないような気がする。それと「表現」って、表に現すわけで、まさに引きずり出さないといけない。内に入り込むのは表現と言わない。何かをどこかから引きずりだすわけだから、ものすごいエネルギーがいる。エネルギーというのは、表に出てくるその瞬間は、誤解されて負のエネルギーに見られがちなものだと思うんです。負のエネルギーに向かうということは、逆行するわけですから、引きずり出したとき身体は絶対よじれてしまう。
「あ、痛い」と思ったとき、何か一つ見つけられたかな、というのはありますね。「活き活き」と「楽しげに」だけでは、決してその何かは引きずり出せないと思うんです。
山口
肉体を使う表現というのは、どうしても身体を痛めつけざるを得ませんね。
灰野
健康には気を使っていますよ。ヴェジタリアンだし、唯一身体に悪いことと言えば、夜が遅くなることくらい。ぼくは小さい頃、身体が弱くて死にそうな目にいっぱいあったんです。だから今、自分に対して「おまえは元気だぞ、元気だぞ」と演奏しながら言ってるんじゃないかな。その後、身体が痛くなるのはわかっているんだけど、その瞬間に自分が元気でいられるから。まぁ、言わせてもらえば、いちばんピュアなヤツがいちばんハードなことを証明しようとしているから。お酒とドラッグとロックンロールという一つの定義ができているけど、かっこいいロックは何もやらないこと、というのを証明しようとしているんですよ。
インタビュー 2005年
構成:下田敦子
灰野敬二●KEIJI HAINO
1952年千葉県生まれ。日本を代表する前衛ミュージシャン。1971年に日本初のインプロヴィゼーション・バンド「ロスト・アラーフ」を結成。その後、アルト・サックス奏者・阿部薫との「軍楽隊」、自らリーダーを務めるロック・バンド「不失者」など時代によって様々に変化するバンド活動やソロ活動を通じ自らの音楽を探求し続けてきた。デレク・ベイリー、ジョン・ゾーンなど内外を問わず多彩なアーティストとも競演。エフェクトを幾重にもかけたギター・サウンド、パーカッション・パフォーマンス、ハーディ・ガーディ、ヴォーカリゼーションなどにより生み出される音の世界に、聴く者は魂を揺さぶられる。
http://www.fushitsusha.com/
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