A.K.I.PRODUCTIONS、からの、山口小夜子さんへの手紙’19
(“M.A.C.C.” と “世界史の実験” に、触れて~小夜子さんとデ・ラ・ソウル。)

小夜子さん、お元気ですか?

最近、『蒙古斑革命』のテーマは、コミュニケーション、だったのでは? と、気付きました。
それは、(自律的な)リラックス、と、言い換えることも出来ると思います。
小夜子さんのように、コミュニケーションに長けた人は、リラックスした人ばかりだと思うからです。
でも、それは、与えられたリラックス、ではなく、自律的なリラックス、が出来る人、なのです。
それで、僕は、コミュニケーション、とは、リラックス、のことであり、ヒューモア、でもあり、ブレイクスルー、でもある、と、思ったのです。
そんな状態の時こそ、誰もが、自分自身の良さ、や、能力、を、最大限に発揮している、はず、なのですから。

そう考えると、この『蒙古斑革命』は、インタビュー、が、大きな軸(というか、その、1つの軸)、だったりもする連載だったのに、僕の時だけ、僕の申し入れで、小夜子さんからのインタビューを受けるのではなく、僕自身が書いた文章を掲載させていただいた、と、いう事実は、我ながら興味深いです。何故、自分がそうしたのか、という、その、動機、理由、などについて、自分自身がいつか気付く日が来るのを、僕は密かに楽しみにしています!そして、何故、小夜子さんがそれを、即、快諾してくださったのか、と、いうこと、に、ついて、も!

明石家さんまさんは、27歳の時から、自分の笑い、に、対して「過保護」になられたそうです。
さんまさんの、毎日ご自分でご自身の番組の録画をご覧になっては大笑いしていらっしゃる、という、エピソードはとても有名ですが、27歳までは、自分の笑い、に対して、厳しかった、と、つい先日テレビでご自身が話されてました。

さんまさんは、関西の方で、ずっと昔から、モーニング娘。を始めとする、ハロプロ(Hello! Project)のメンバーと一緒にラジオ番組をされてますが、そのモーニング娘。の「I WISH」や「元気ピカッピカッ!」といった曲の歌詞にも、自分を認めること、についての箇所があり、僕と小夜子さんが出会ったのも、僕が、エキソニモのライヴに飛び入りで参加して、サンプラーからのAC/DCの「BACK IN BLACK」のブレイクのループの上で、その「I WISH」を歌っている時でしたね。

さんまさんといえば、先日、さんまさんの師匠であられる、笑福亭松之助師匠が亡くなられました。
松之助師匠は、よく、さんまさんに、禅の話、を、されていたそうで、あの、さんまさんがよく仰しゃる「生きてるだけで丸儲け」というフレーズは、その松之助師匠との、禅、に、関する会話の中から生まれたのだそうです。

僕は、「自分を認める勇気」、あるいは、「(自律的な)リラックス」、というのも、禅、と通ずるものがある、という気がしています。
「I WISH」をクリエイトされた、つんく♂さんも、「生きてるだけで丸儲け」の、さんまさんも、松之助師匠も、禅、にインスパイアされた、というか、そうしたことの大切さ、に気付いた時、たまたまそれが、禅の、ある部分、と、合致したのだと思います。

そして、「ビート禅」を掲げる、ヤン富田さんも、また、そんな感じだったのだと思います。
ヤンさんの「ビート禅」のアーカイヴでも紹介されている「ビート禅とスクエア禅と禅」を書いたアラン・ワッツも、物の本に当たると、とてもリラックスした人だったようですし、ワッツが、リスペクトしていた鈴木大拙についてワッツが書いた文章では、その大拙のリラックスぶりについての描写がいくつもあります。そして、そのヤンさんの「ビート禅」のアーカイヴは、当初『relax』というマガジンハウスの雑誌に掲載されたものでした。

そういえば、僕が小夜子さんと組んでライヴ活動を始めようとした時、ROBERT ASHLEYだったり、あるいは、STEN HANSONやÅke HodellといったTEXT SOUND COMPOSITIONのCDを聴いていただきましたが、日本の物では、ヤン富田さんの『MUSIC FOR LIVING SOUND』や、高木完さんの『ARTMAN』や『GRASS ROOTS』、それに、いとうせいこうさんの『MESS/AGE』などを聴いていただきましたね。『MESS/AGE』は、ヤンさんといとうさんの共同プロデュースの作品で、今年でリリースから30周年を迎えます(なんと、今年は、それを記念したライヴも企画中なのだそうです)。

その『MESS/AGE』の収録曲である「噂だけの世紀末」は、「絶対の孤独を」というフレーズの連呼で終わりますが、この「絶対の孤独」は、坂口安吾が「文学のふるさと」という文章で有名にしたフレーズですが、その大元は、大拙が唱えていたものだったそうです(これは、湯浅譲二さんのご本で知りました)。そして、安吾には、「堕落論」という作品もありますが、「堕落」も「絶対の孤独」も、僕は、「自律的なリラックス」のことだと思いました。

柄谷行人さんの仰る「原遊動性U」も、(それ、を、高次元で回復したもの、だという)「(交換様式)D」、も、僕は、殆ど、それ、と、同義語だと思っております。
柄谷さんは、古くから、コミュニケーション、について書かれていて、「交換」というのも、「コミュニケーション」ということなので、「交換様式D」を、柄谷さんは、「無償の贈与」という言葉を用いて説明されることもありますが、やはりこれもまた、(自律的な)リラックス、なのではないか、と思えてきます。

今、こうしたことを書きながら、ふと「世界同時自律的リラックス」という、ちょっと七面倒で、でも、どこかピースな言葉が思い浮かんできました。
もし、これが、シンプルな言葉で、一言で言い表せたら、と思いましたが、それはやはり、結局のところ、コミュニケーション、リラックス、ヒューモア、あるいは、リアル、ということなのだ、と、気付きました。別に、これといって、新たな造語を作る必要もないのかもしれません。

こういったことを僕は、つい先日、原宿トーキョー カルチャート by ビームスで行われた、ヤン富田さんのライヴ『A.S.L. リポート - M.A.C.C.#3 』や、つい先日刊行された、柄谷行人さんの最新刊『世界史の実験』(岩波新書)などに、触れて、思い付きました。

思えば、僕と小夜子さんが一緒に行ったライヴも、柄谷さんの仰る「実験」に近いものでした。僕が持ってきた、電子音楽やハロプロ、それにHIP HOPや柄谷さん、それに、小夜子さんが持って来られた、様々な文学のコラージュ。そうした素材をお互いが持ち寄って、「(ある意味で!)柳田国男した」ようなライヴでした。でも、それを遥か先のレベルで実践されていた、ヤン富田さんの、実験、も大いに参考にしました。

そういえば、小夜子さんに、僕たちのライヴの参考資料として、デ・ラ・ソウルのファースト・アルバムを聴いていただいた時、取っ掛かりとして、小夜子さんのお写真がジャケットに使われたスティーリー・ダンのアルバムに収録されている曲を音ネタにしたトラックの曲から聴いていただきましたが、小夜子さんは、「スティーリー・ダンはジャケットに写真が使われたけれども、音楽的にはあまりピンと来なかった。でも、それとは関係なく、デ・ラ・ソウルは面白い!」といった感じのことを仰って、特に、スキット(音ネタを使ったコント、のようなもの)の部分で盛り上がってましたよね(フランス語のレッスンのレコードを音ネタにしたものを、特に気に入ってらしてたのをよく覚えています!)。

 

その、デ・ラのファーストも、今年でリリースから30周年を迎えます。が、しかし、現在では、彼ら自身は、そのスキットの部分などに関して、何故か、やや否定的に語っているようです(近々、ピート・ロックとDJプレミアがプロデュースした彼らのアルバムがリリースされるようですが、もしかしたら、A.K.I.PRODUCTIONSの「お前も今日から大衆だ」のようなヒューモア、が展開されていたら? などと想像して、ワクワクしたりもするのですが、多分、そういった内容ではないのでしょう。かといって、それをディスるつもり、も、毛頭ないのですが)。

 

でも、もし現在、小夜子さんが、僕とライヴ活動をしていたら、それこそ、デ・ラのファーストの頃の「原遊動性U」(厳密に言えば、HIP HOPが「原遊動性U」の状態だったのは、その最初期の、クール・ハークやアフリカ・バンバータやグランドマスター・フラッシュらが登場した頃、その前後を指す、のだとは思うのですが、それは、さて置き)が回帰して、以前の僕たちよりも、もっとバカバカしくて(つまり、それは、高田純次さんのように、頭とセンスの良さ、が、増していて、という意味なのですが)楽しいライヴを繰り広げていたのかもしれません。そして、実際、僕は、現在、神田TETOKAでの『A.K.I. Plays Buchla~ラップとトークとエレクトロニクス』や『トランスクリティカルHIP HOPショー』といった自分の毎回のライヴを、小夜子さんと共に、楽しくパフォーマンスしているつもりだったりもします。

柄谷さんがよく文章に引かれる、フロイトの「抑圧されたものの回帰」というフレーズがありますが、それは、(当たり前過ぎる気がして、ちょっと笑ってしまうのですが!)何が抑圧されたのか、と言うと、リラックス、が抑圧されたのだ、と、今また気付きました。
そう、自律的なリラックスが、抑圧されたのです。
僕は、この事を、今後さらに、柄谷さんがよく引かれる、フロイトの「死の欲動」という言葉などを手掛かりに、より根源なこと、について、気付いていきたい、という、そんな気持ちです(そうです! 小夜子さんもまた、急進的、ではなく、根源的、という意味合い、で、とても、ラディカル、な方、でした!)。

10年前にリリースした、小夜子さんに捧げた、A.K.I.PRODUCTIONSのセカンド・アルバム『DO MY BEST』(その44pのブックレットには、2005年当時の『蒙古斑革命』に書かせていただいた僕の原稿を丸ごと転載させていただきました!)、そして、サード・アルバム『小説「我輩はガキである・パレーシアとネオテニー」』(こちらにも44pのブックレットをつけましたが、これには、現在、市場に出ているA.K.I.の文章の中で、一番芯を食った、つまり、自律的にリラックス、した、まとまった文章、が、載っている、と自負しております!)、また、未発表のフォース・アルバム『SISTER』(CD2枚組)も、僕が(自律的に)リラックスしている瞬間の録音を集めたものばかりですし、現在は、CD、という閉じられたメディア(前提・環境)から抜け出して、Buchla Music Easelなどを用いて、もっともっと、より、広々とした気持ちで、自律的なリラックス、を、念頭に、ライヴ活動、を行っているのですから。

そうしたアルバムやライヴで、度々テーマにさせていただいた、元モーニング娘。の、ガキさん(新垣里沙さん)からは、その、彼女の、楽しいリラックスぶり、に、深くインスパイアされ、また、そういったリラックス、を、より、自律的に、実行していらっしゃる、ヤン富田さんや柄谷行人さんからも、より、深く、そうしたことを感じ、現在に至るまで、とても大きく、強く、インスパイアされ続けております。そうした皆様の良い影響も多々あり、自分では、本当に楽しいアルバムを、楽しいライヴを、幾つも作ること、パフォーマンスすること、が、出来た、と思えて、とても感謝しているのです。
そう、それは、僕なりの、“コミュニケーション”、であり、“実験”、であったのでした。
僕は、ヤンさんと柄谷さんから、それら、を学んだのです(そして、勿論、あの、つんく♂さんからも、です!)。

(思えば、この「山口小夜子さんへの手紙’19」も、『DO MY BEST』に収録されている「ガキさんへの手紙’08(ハロプロ禅)」同様、(分かりやすく!)コミュニケーション、あるいは、翻訳、なのでした。)

そして、そして、勿論、この手紙を送る(贈る!)、小夜子さん、あなたからも、ヤンさんや柄谷さん同様、そうしたことを沢山学ばせていただきました。
僕も、少しだけお手伝い(客入れのDJ)させていただいた、 2005年12月9日金曜日に、中目黒CLASKAで行われた、『alternative Lohas meeting vol.1●蒙古斑革命●[光と闇の夜]』でのパフォーマンス、それに、僕は、強く強く、インスパイアされました。
宇川直宏さんによる映像作品『DOMMUNE「小夜子の世界夜話」~Dedicated to 山口小夜子 9.19.1949 - 8.14.2007』に出演させていただき、僕が演奏をする、その直前のトーク・パートで、小夜子さんは、ソクラテスであり、マクルーハンだ、といった意味のことを、僕がお話しした根拠の大半は、そこで感じ取ったものだったのです。自分とのライヴや、普段、小夜子さんと接する中でも、そう感じておりましたが、あの時、会場全体を使って、お客さんも移動しながら体験する、あのフレッシュなイベントは、本当に忘れられません。『蒙古斑革命』に携わった、多くの人々が参加している、という意味でも、とても感慨深いのです。 僕も、自分なりに、小夜子さんの、あの時の、自律的なリラックスぶり、を、反復していくつもりです。

小夜子さん、またコミュニケーションしに参ります!(そう、リラックスしに!) 

今日はこれで終わりにします!

P.S.-由利子さんとも、今度、同じことをお話してみますね!

(もう1つ!)P.S.-この手紙を書き上げた後、横浜美術館の「イサム・ノグチと長谷川三郎―変わるものと変わらざるもの」を見に行く途中の電車の中で、『蒙古斑革命』の原稿をそのまま歌詞に転用した「G&A.K.I.’05('08 MIX)」を、久しぶりに聴いてみたらば、それは、完全に(既に!)、自律的リラックス、が、テーマ、だったこと、に、(また再度、改めて!)気付きました! 間(はざま)で寛ぐ勇気。つまり、坂口安吾、の、絶対の孤独。それは、ヤン富田さんの仰る、コミュニケーション、へと、繋がっていくもの。何か、次の自分のライヴのヒントをいただけた思いです! 小夜子さん、ありがとうございます!

2019年3月吉日 A.K.I. (倫理B-BOY RECORDS / A.K.I.PRODUCTIONS)

A.K.I.●エーケーアイ

1987年 KRUSHGROUP結成。1989年 A.K.I.PRODUCTIONS結成。1993年 A.K.I.PRODUCTIONSのデビューアルバム「JAPANESEPSYCO」(ファイルレコード)リリース。同年騒音性難聴を患い、以後音楽ジャーナリストとしての活動が主になる。

2002年頃からA.K.I.の1人ユニットとしてのA.K.I.PRODUCTIONSの活動を再開。2005年より山口小夜子&A.K.I.PRODUCTIONSを結成。

2009年、2012年、それぞれの年に、自ら主宰する、倫理B-BOY RECORDS、で制作した2枚のアルバム『DO MY BEST』『小説「我輩はガキである・パレーシアとネオテニー」』を、AWDR/LR2 - SPACE SHOWER MUSIC、から、リリース(両盤とも44pのブックレットを所収)。

2016年より神田TETOKAにて、Buchla Music Easeiの演奏を中心にした、不定期ライヴの新シリーズ『A.K.I. Plays Buchla~ラップとトークとエレクトロニクス』をスタート。

Blog: http://blog.livedoor.jp/a_k_i_productions/
Twitter: https://twitter.com/RINRIBBOY1

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