第1章
レッドカーペットを歩く

  • 山口

    カンヌ映画祭のレッドカーペットを歩かれたでしょう。『オペレッタ狸御殿』が特別招待作品として公式上映されて。楽しかったですか。

  • 鈴木

    楽しいわけないよ、酸素ボンベ引っ張って(笑)。

  • 山口

    清順さんはね、すぐ「つまんないよ」なんておっしゃるけれど(笑)。だって、5分以上のスタンディング・オベーションが出た上、本来ならグランプリをもらってもご挨拶に伺うのが筋だという映画祭のディレクターが、「非常に勇気のある作品だ」と、わざわざ内輪の打ち上げ場所を探して見えられたり。あの作品は伝説的な木村恵吾監督の『狸御殿』を心に留めていらっしゃって、インスパイアされてお作りになたとおっしゃっていましたが、いつ頃ご覧になったんですか。

  • 鈴木

    商業学校の3年か4年のときかな。家が商売屋だったので、それを継ぐつもりで商業学校に通って、適当に活動や芝居を観ていた、その頃だね。

  • 山口

    『狸御殿』は私も父、母、祖母からあんなに美しい映画はない、とずっと聞かされていました。宮城千賀子さんが若衆姿の男装をされて。それが清順さんの狸御殿に繋がっていくわけですけれど、まったく違うものですが素晴らしかったですね。色彩もきらびやかで。

  • 鈴木

    そういえば狸御殿を撮っているときに、陣中見舞いに来た元日活の監督の一人に「家に来る狸です」って台所にいる写真を見せてもらったの。御同類意識が芽を出したのかな。

  • 山口

    狸といえば麻布に天現寺というお寺があって、昔は狸がいっぱいいたらしいんです。その近くに狸が化けて食べに来ていたというお蕎麦屋さんがあって、その名前を狸蕎麦というんですって。ほんとうに人間を化かすこともあったんじゃないかな、と。

  • 鈴木

    だってね、うちの親父さんがよく言っていたんだけれど、今の丸ビルの辺り、あの辺は夜、歩けなかったって。狐に化かされるから。

  • 山口

    清順さんはご出身は東京でいらっしゃいますよね。どこにお住まいだったんですか。

  • 鈴木

    本所。隅田川の向こうね。今の墨田区。

  • 山口

    今のお住まいも下町のほうで。下町好きでいらっしゃるでしょう。東京の景色も、今とはまったく違うと思うんですけれど、当時はどんな風景だったんでしょうか。

  • 鈴木

    下町というのはまず灰色なんですよ、色彩が。工場と商売屋が多いから。けばけばしくはないんです。そんな中で目立ったのが、黄八丈を着た女の子の姿。しもた屋の格子戸の前に佇んでいるのに強烈な色があったね。

  • 山口

    素敵ですね。ご兄弟はお二人ですよね。NHKでアナウンサーをされていた鈴木健二さん。小さい頃は二人で仲良く遊ばれていたんですか。

  • 鈴木

    6つも違うとね。こちらが6歳のときは向こうは0歳だし、小学校6年生で向こうがようやく入学してくるくらいでしょう。そんなに兄弟で話したり遊んだりはしてないね。

  • 山口

    兄弟愛みたいなものは....。

  • 鈴木

    そんなものないよ(笑)。なんだよ、愛って。気持ち悪い(笑)。可愛いと思ったこともないし、向こうも「オレは兄貴のお古ばかり着てた」って怨むんだよ。

  • 山口

    お母様の思い出とかありますか。

  • 鈴木

    島田とか結っていたね。下町のかみさんは何かあるとみんな結っていた。小学校の父兄会や、映画や芝居に行くときは、着物を着て髪は島田に。よそ行きのときだね。内輪のときはアッパッパというのを着ていたよ。

  • 山口

    さすがにお歯黒とかはもうなかったでしょう。

  • 鈴木

    いや、うちのばあさんは、毎朝金だらいを前にして染めていましたよ。それを後ろから見ていた記憶があるね。眉毛は剃らなかったけど。

  • 山口

    お父様は?

  • 鈴木

    朝起きるときはまだ寝ているんだ。夜はどこかに遊びに行っていない。だいたい商家の旦那ってみんなそうだ。夜はだいたいいなかったね。