第2章
親も子供も格好をつけない

  • 山口

    ご主人と出会われたのはいくつのとき?

  • 浅野

    18歳で結婚して、21歳で子供を産んだのかな。

  • 山口

    お子様を2人育てられたわけだけど、子育ては大変だった?

  • 浅野

    大変じゃなかったよ。

  • 山口

    お二人とも、珍しいほど素晴らしい人に育たれたでしょう。二人とも優しいし、強さも秘めているし。

  • 浅野

    二人とも優しいね。久順も優しいし、忠信も優しい。なんかね、たーくんはいつも笑って歩いている子だった。いつもニコニコして「また笑って歩いていたよ」と言われる子だった。お兄ちゃんは、近所のコたちに「兄貴ィ」って慕われてるというか、ケンカの助っ人に行ったり、そういう子だったよ。でも、二人ともいろいろ我慢したんじゃないかな、私たちも若かったから。年中、夜にディスコ行っちゃう人たちだったから。なんか、近所の家に泣きついたことがあるみたい。「お母さんがいない」って(笑)。...今考えると怖いよね。

  • 山口

    でも一方で、順子さんは働きながら、厳しく育てたんでしょう。それが偉いな、と思ったんだけれど。

  • 浅野

    厳しい、というか、私の勝手なんだと思う。その代わり、理不尽なことがあったら学校でもどこでも戦っちゃうよ、というのはあったけど。小学校でもね、年中、学校のPTAから鼻つまみものみたいに見られていたの。たとえば学校の授業参観に行くと、みんな「お母さん」らしい格好をして後ろに立っているわけ。その頃のお母さんはみんな「お母さん」なのよ。なんだけれども、私はヨレヨレのTシャツに、破れたジーンズ履いて、なんかくたびれたような格好でぼーっと立っている。そうしたら、いちばん後ろに座っている子供が私の顔を見て「変なの」って言うのよ。だから「そういうことを口にするおまえのほうが変だ」って。「お母さん」だからこうじゃなくちゃいけない、というのがまったくなかったのね。若かったし。

  • 山口

    お母様の束縛が厳しかった分、自由に育てよう、というのもあったのかしら。

  • 浅野

    パパに几帳面さがあったから、私のこのいい加減な性格とバランスがとれていたのかな。クローゼットを見ると、パパは靴下までビシっと整理整頓するような几帳面な人だから。それで上手く行ってたんじゃないかな。今、親も子供もカッコつけちゃってるんじゃないかって思う。親になるにはこうじゃなくちゃいけない、みたいな既成概念に合わせているというか。でも、自分たち夫婦を見てれば、子供に期待していいことはわかるじゃない。できること、できないこととか。先祖には頭のいい人たちもいたんだろうけれど、その血はもう薄いんだから(笑)。今の自分を素直に出したほうがいいんじゃないか、と思う。うちは「私たちが白だと言ったら、白なの」という感じだったから。子どもは残っているご飯をいちばん最後に食べればいい。だって、パパが働いているんだから、いちばん最初のご飯はパパのものでしょう。

  • 山口

    今はそれこそ、子供にいちばんいいものを食べさせたりするけれど。

  • 浅野

    そうじゃないでしょって。親に食べさせてもらってる小さいときから「イクラが美味しいんだ」なんて言ってるほうが、おかしいのであって。自分の力でやっとお金を稼げたときに食べるから、美味しいのよ。だから格好つけないほうがいいんじゃないかな、と思う。