第2章
建物を建てない建築家

  • 山口

    映画も詳しくていらっしゃいますが、お好きな映画はありますか?

  • Vivienne

    好き嫌いという以前に…見て感動するというのは、こちら側の問題だと思います。たとえば美術館に行っても、自分自身に経験がなかったり、感性に乏しかったり、知識が乏しかったりすると、美術館はただのハコになります。こちら側が豊かであればあるほど心に響くし、感動する。だから映画でも、どんな駄作でも見るべきところはあるし勉強するところはあります。どうしてこの監督はこんなくだらないものを今の時代に作ったのだろうと思うこともあるけれど、それはそれで現象学的にすごく勉強になりますね。

  • 山口

    素晴らしい姿勢ですね。今こうして活動されているきっかけになった映画や美術の影響はありますか?

  • Vivienne

    具体的にはなにかな…色々ジャンルや好き嫌いを超えてたくさん見るようにしております。

  • 山口

    たくさんご覧になっていらっしゃるのね。映画に美術に演劇に…。

  • Vivienne

    学生の頃は演劇よりも舞踏を見ていましたね。舞台美術を一時期志していたこともありました。大学が金沢だったのですけれど 金沢舞踏館という舞踏団体があって、よく見に行ってもいました。ドイツやフランスなど海外公演の手伝いまでしました。 演劇よりも舞踏が相に合っていたというのは、舞踏よりも演劇の“さぁ、舞台上で演じましょう”というのが、わざとらしくて見ていられなかったのです。でも結局、舞踏家の病気の人のふりや死んだ人のふりの様な振り付けを見ていたら、実際には舞踏も演劇以上に演劇的なのではないだろうか、ということに気づいて、舞踏からも遠ざかってしまいました。私の場合、この格好でレストランにも入れば、コンビニにも行く。ステージではないところに、しかも演じているわけではない。これもまた別の演じ方ではあるのだろうけれど、あらかじめしつらえられた舞台装置の中で演じる演劇的なわざとらしさではない、かと思っております。

  • 山口

    なるほど、日常の中で自然に別の世界を創りたい、ということなのですね。それで建築の世界に入られるわけですけれど、建築に興味を抱かれたきっかけは?

  • Vivienne

    中高生の頃は絵や彫刻、そういったアート畑に進みたかったのです。でもほら、歴史をちょっと振り返るともともと絵画や彫刻は建築の一部であったわけでしょう。それが分かれて美術館に独立して飾られるようになりました。最近ではインスタレーションのようにその場でしかできないような表現もあります。建築こそすべての芸術の基礎になっている、と考えて、建築を勉強しようと思ったのです。でも大学でも、いわゆる建てる建築よりも言葉を数字に変換して数式にして平面を作り回転させて空間を作るとか、少し美術に近いことをやっていましたね。

  • 山口

    非建築家という肩書きを使われることもありますが、もう少し詳しく教えていただけますか。

  • Vivienne

    非建築ーーアンビルト・アーキテクトと言うのです。日本ではあまり馴染みがありませんが、海外ではドローイングだけ描いていたり版画だけ作っていたり、そういう建築家もいっぱいいるのです。「建物」と「建築」を別に考えて、人が入ったり実際に住んだりしなくても、建築は作りうるのではないか、というのが私の考え方なのです。 たとえば建物を造るときには、いろんな段階を経て最終的に「建物」になるーーまず平面図や立面図、パースや断面図をたくさん描いて、そのあとに模型もたくさん作ります。最終的に施工して「建物」を造る。そうなると時間的に見ていくと、「建物」が最後に出来るわけだから、「建物」は模型の模型ではないか。当初の模型といっても何も模してはいないのです。かといって出来上がった「建物」がオリジナルでもない。だから「建築」といったときに、図面なのか、模型なのか、それともコンクリートで作った何物なのか。一体何を指すのか。それらの間の同一性は保たれているのかどうか。だから図面のように2次元のものや彫刻のように3次元のものでも、具体的な「建物」以上にもっと「建築」的な意味合いの強いものができるのではないかと思ってます。それから“建築作家”という言葉があるとしたら「建物」が出来上がったあとにも製作を続けてもいいわけだと思うのです。「建物」ができて創作が終わってしまうというのは、なぜか解せません。そうなってくると、指と指との間にも建築そのものを作りうるし、頭の上にも建築は作りうる。モノとモノとの関係性を視覚化することが、建築ではないかと思うのです。

  • 山口

    となると、今のヴィヴィアン佐藤さんそのものが、建築であるわけですね。ドラァグクィーンというのは、“ヴィヴィアン佐藤”という身体を通したある意味での建築で、服は建物なのかもしれませんね。

  • Vivienne

    衣装と住居というのは、ある意味すごく似ている、と思います。洋服や御料理、建築というのは誰にでもできるし、一方でプロもいる。ハレもあればケもある。派手なものも地味なものもあるし、高級なものもあれば日常的なものもある。その中でスライドして考えてみるとわかりやすいかもしれない。

  • 山口

    磯崎新さんのところにも何年かいらっしゃったのでしょう。

  • Vivienne

    2年弱くらいいました。大学院で非建築に近いことをやっていると、就職するのが難しいのです(笑)。ポートフォリオはいっぱいあるのだけれど、建築事務所に持っていけるようなものは全くありませんでした。どうしようもなくて磯崎さんのところに持っていったら、「とりあえず手伝え」と言われて入れてもらったのです。ずっと建築模型などを作っておりました。でも、あまりにも自分の時間がなくなってしまうのと、あと磯崎さんを始めとするトップの方はそうでもないのですけれど、下のスタッフ方々の考え方が固くて。それで2年弱くらいで辞めたのです。