第4章
装うというマジック

  • 山口

    私は素顔のヴィヴィアンさんも知っているのだけれど、ふだんはとても控えめでいらっしゃいますでしょう。

  • Vivienne

    お酒飲んだりこういう格好したりしないと、喋れないときもあるし。以前よりお化粧をしていないときは余計にシャイになったかもしれませんね。

  • 山口

    装うことで発散できているのかな。“ヴィヴィアン佐藤”になるときと、その装いをとったときの姿でいるときと意識の違いってありますか。

  • Vivienne

    私、FM横浜でパーソナリティもやっているのですけど、喋るときには毎回必ずお化粧をしています。大勢に囲まれるオープンスタジオでもなく、スタジオには数人しかいない収録番組なのですが。メイクをしていないとうまく喋れないのです。(笑) 相手がいる番組だから喋れなくはないのですけれど、そもそも相手の反応が私のメイク有りと無しではまったく違うのですよね。キャラクターって結局、本人よりも周りが決めていくようなところがあって、そによって私自身もフィードバックされて変わってくるのです。たとえばこの格好で誰かとエレベーターに乗り合わせたら「あら、素敵なネクタイね★」ってリップサービスしたりする。それは間がもたないというか、周囲のみんなが期待するから。警察にしても、ふだんだったら職質とかよくかけられますけれど、この格好なら職質は受けません(笑)。

  • 山口

    周りの意識がまず変わる、ということなのですね。

  • Vivienne

    前に新宿歌舞伎町で、半分が女の子で半分がドラァグクィーン、というお店のママをしていたことがありました。そうすると、女の子のほうがお客さんの受けがよかったり、優しくされたりするのですよね。ドラァグクィーンの子たちは目立つからサボったり楽屋でお弁当を食べたりしているとよく店長やオーナーに怒られたりしました。でも、ドラァグクィーンなら、たとえばお弁当なんか楽屋で食べないで、ステージや客席で食べたり、お腹が空いていたらお客さんにお寿司をとらせたり、そういうことも許されるのです。ふつうの女の子だったら許されなくても。

  • 山口

    期待されることで、新しい役割が生まれる。

  • Vivienne

    ドラァグ(drag)というのはさっきも言いましたけれど“引きずる“という意味で、ドラァグクィーンは、パーティに行く前にカーテンを即興的にドレスにしたてて引きずっていく人たち、ということ。それからそこには、パーティ全体を引っ張っていく、という意味もあります。たとえばパーティの中では、待ちぼうけしていたり、つまらなくなったり、淀んでいるスペースなどができるものです。要するにパーティというのは、美味しいお酒と料理と音楽があるだけでは駄目で、やっぱりホスト・ホステスという役割の人間が絶対に必要なのです。人と人を結びつけたり、会話を回してあげたり、というような。。ドラァグクィーンはそれを担うものでもあるのです。それはパーティだけはなく、社会のあらゆる場面で必要とされることもあります。そこで自分たちだったらやりやすいことも実に多いのです。たとえばオープンカフェで他人同士が座っていても、そこに犬を連れていたら会話が成り立ったりします。あるいは都会のオフィスで小動物を飼うと人間関係が上手くいくとか。私たちもそれとまったく同じ。私たちが行くことで、固いところが緩んで新しい関係性が生まれるのです。

  • 山口

    なるほど。人間関係を円滑にするのですね。

  • Vivienne

    それと、お化粧したりこうして着飾るのは、ふだんの自分とはまったく違う姿になるのですが、それは着れば着るほど裸になるような感じがあるのです。よくみんなわざわざそんな格好をして大変でしょう、と言うのですが、それは違います。スタイリストの人に着せてもらうのではなく、自分でやっているわけだから、自分の内面を裏返しにしているようなところがあって、むしろ楽なのです。

  • 山口

    着飾ることが裸になる、というのは面白いですね。

  • Vivienne

    そう、隠すのではないのです。

  • 山口

    遊牧民も着飾るのですけれど、それに近いかも知れない。遊牧民が民族衣装に身を包むのと同じように、すごくナチュラルなことなのですね。覆うほど本質が出せる。

  • Vivienne

    きっとある種の儀式なのです。完成するのに40分くらいかかるのですけれど、その間に降りてくるというのか。例えばリーフェンシュタールが紹介したアフリカのヌバ族など戦闘の前にメイクをしますけれど、すごく時間をかけるそうです。ひとつとして同じものがない。それと同じだと思うのです。描くという行為で「なにものか」が宿るのですよね。絵画やイラストを描くと言う行為も同じだと思います。手でドローイングするという作業は、脳の働き/変化と結構、近いものがあると思うのです。自分で描いている間にだんだん変わっていきます。時間をかけて大変な作業だったりするから、マスクのように一瞬でペタっと貼れれば楽、なんていう話もされますけれど、そうではないのです。手を使って「描く」というプロセス自体が大事で儀式性があると思います。

  • 山口

    ご自分の顔の研究とかはされています?

  • Vivienne

    もちろん!骨格や黄金比にしても、美しいな、と思うのは一緒ではないでしょうか。顔は土地ですから。建築を建てる土地はしっかり検分しないと。

  • 山口

    お化粧のリハーサルはされたりする?家でお化粧して遊んだり、研究したり。

  • Vivienne

    リハはやらないですよ(笑)。だって、お化粧したら出かけたくなりません?元がとれないというか。(笑)